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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1865号 判決

原告

株式会社

東洋トラスト

右代表者

松宮俊雄

右訴訟代理人

岡部琢郎

被告

新谷勇人

右訴訟代理人

中村康彦

南川和茂

被告補助参加人

安田火災海上保険株式会社

右代表者

宮武康夫

右訴訟代理人

平沼高明

関沢潤

堀井敬一

野邊寛太郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、金九、〇〇〇万円及び、これに対する昭和五七年一〇月三〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決、並びに仮執行の宣言

二  被告

主文と同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、賃貸マンションを目的として設立された会社であり、被告は、弁護士を業とする者である。

2  原告は、昭和五六年六月一〇日ころ、被告との間で、同年同月一九日の京都地方裁判所における別紙物件目録記載の土地及び建物(以下「本件土地・建物」という)についての同裁判所昭和五一年(ケ)第八〇号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という)に関し、①他に入札者がいないなど落札されそうな状況がなければ入札を見送り、②他に入札者があつて、落札されそうな状況にあるときは、被告が原告のために、本件競売の入札手続をなす旨の委任契約を締結した。

3  右事件の最低競売価格は、本件土地につき金二、四四四万円、本件建物につき金一億八、二四一万八、〇〇〇円の合計金二億六八五万八、〇〇〇円であつたので、原告は、自己の入札価格を二億五、〇〇〇万円と決定し、入札保証金二、五〇〇万円を準備して、右競売期日に競売場に臨んだ。ところで、本件競売事件の入札には、「入札の申出をしようとする者は各物件(本件土地は、この場合一個とみなす。)の入札価格を定めた上で、その合計額をもつて全物件につき一括して入札の申出をしなければならない。この場合、各物件の入札価格は、当該物件の最低入札価格を下ることができない。各物件の入札価額が他の入札申出人の申し出た価格を下らず、かつ、その合計額が最高価格となるものを最高価入札人とする。」旨の特別売却条件が定められているばかりか、入札者があることが予想された。そこで、右同日、右裁判所において、原告は、被告との間で、前記2の委任契約の内容につき、被告が原告のために、入札価格を、本件土地につき金二、四四四万円、本件建物につき金二億二、五五六万円の合計金二億五〇〇〇万円で入札する旨の合意をなした。

4  しかるに、被告は、右同日、本件競売事件において、原告のために右入札価格どおりの入札手続をなしたが、入札書の事件番号記載欄に事件番号を、過失により、「八一」と誤つて記載したため、結局、右入札の申込が無効とされた。

5  被告の右行為は、前記委任契約についての債務不履行にあたるところ、原告は、被告の右債務不履行に因り、次の(一)又は(二)の各損害を被つた。

(一)(1) 本件競売事件の前記競売期日には、訴外松山軒三も入札をなしたが、同人の入札価格(本件土地につき金三、九四四万円、本件建物につき金一億八、七四〇万円の合計金二億二、六八四万円)は、被告のなした前記入札の申込が無効とされたため、最高入札価格とされ、結局、右松山が落札した。

(2) しかし、被告が前記事件番号の誤記をしなければ、その入札は有効となるところ、この場合、右入札及び右松山の入札はいずれも前記特別売却条件に合致しないので、結局、前記競売期日においては、右条件に適合した最高価入札者がいないことになり、次回に入札期日が再度開かれることになるものである。

(3) ところで、本件土地は、原告の現在の代表者の松宮俊雄の所有であり、また本件建物は、同人の父松宮長三郎の所有であつたので、原告は、本件土地・建物を必ず競落する意図であつた。そうすると、次回の入札期日においては、原告及び松山軒三の前記入札価格からみて、原告は、金二億五、〇〇〇万円の合計入札価格でもつて落札可能であり、競売代金については三億円までを覚悟していた。しかるに、被告の過失行為により、原告は本件土地・建物について落札する機会を失つた。

(4) なお、原告は、競落価格が金二億五、〇〇〇万円以下になれば、これを金二億五、〇〇〇万円以下では競落されないよう必ず金二億五、〇〇〇万円で入札する予定でいた。

(5) 右計画を実現した場合、競売代金二億五、〇〇〇万円が全部本件土地・建物に抵当権を設定した債権者らに配当されることを避けるため、本件競売に先立つて、昭和五五年五月一五日、原告は、第二順位の抵当権者である訴外株式会社辰村組から、元本極度額金五、〇〇〇万円の額面の抵当権で担保される債権(請負残代金三、七三三万五、三六〇円とこれに対する昭和四九年一月一一日から完済まで年一割八分二厘五毛の割合による遅延損害金の合計で、金五、〇〇〇万円を超える)を金三、六〇〇万円で買受け、右訴外会社に対し金一、〇〇〇万円を支払つた。

そうすると、結局、原告は、入札において価格を金二億五、〇〇〇万円としても、本件土地・建物の第一順位の根抵当権者の被担保債権額が金二億円であつたため、本件土地・建物を実質金二億三、六〇〇万円の対価をもつて入手することが確実となつていたのである。

ところで、原告と株式会社辰村組との右抵当権付債権譲渡契約においては、右訴外会社が本件土地・建物の競売事件において、配当金により債権の回収をなし、その金額と原告が右訴外会社に既に支払つた金額の合計額が金三、六〇〇万円を超えるときは、その超過部分は原告に帰属する旨の特約があつたが、本件競売代金により、右訴外会社の受領した配当金は金二、三八〇万円程であつたので、原告が右訴外会社に支払つた金一、〇〇〇万円が原告の損失となつた。

(6) また、原告は、競落の残代金については、他からの融資ないしは競落物件を転売して賄う計画であつたところ、昭和五五年八月上旬に、訴外上島織物株式会社と原告との間で、本件土地・建物を金三億三、〇〇〇万円で売買する旨の合意が成立する直前であり、本件土地・建物の転売は確実に可能であつた。したがつて、落札及び転売のための費用を金一、〇〇〇万円と計上しても、本件土地・建物を落札できなくなつた結果、原告は、金八、四〇〇万円の利益を得ることが不可能となつた。

(7) 以上の次第で、原告は、被告の前記債務不履行に因り、前記(5)の原告が株式会社辰村組に支払つた金一、〇〇〇万円、及び前記(6)の転売による利益金八、四〇〇万円の合計九、四〇〇万円の損害を被つたものである。

(二) しかして、仮に、前記(一)の(6)の事実が認められないとしても、

(1) 原告は、本件競売事件については、金二億五、〇〇〇万円を下廻らない金額で入札する覚悟でいたから、万一、他の者が入札したとすれば、その入札価格は金二億五、〇〇〇万円を超えていたことになる。

(2) その際、原告は、前記(一)の(5)記載のとおり、第二順位の抵当権者として金五、〇〇〇万円の配当を受けることになり、右金五、〇〇〇万円より株式会社辰村組へ支払うべき金三、六〇〇万円を控除しても金一、四〇〇万円の利益を確実に得ることができたものである。

(3) そうすると、原告は、被告の前記債務不履行に因り右金一、四〇〇万円及び、前記(一)の(5)の株式会社辰村組に支払つた金一、〇〇〇万円の合計二、四〇〇万円の損害を被つたものである。

6  よつて、原告は、被告に対し、前記委任契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として、前記5の(一)の損害金の内金九、〇〇〇万円、又は前記5の(二)の損害金二、四〇〇万円、及びこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年一〇月三〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する被告の認否

1  請求の原因1のうち、被告が弁護士を業とする者であることは認め、その余の事実は知らない。

2  請求の原因1ないし4の各事実は認める。

3  請求の原因5のうち、被告のなした原告のための入札の申込みが無効となつたこと、最高価入札者が松山軒三とされ、同人の入札価格が本件土地につき金三、九四四万円、本件建物につき金一億八、七四〇万円の合計金二億二、六八四万円であつたこと、本件競売事件には原告主張の特別売却条件が定められてあつたこと、本件土地が原告の現在の代表者松宮俊雄の所有であり、本件建物が同人の父松宮長三郎の所有であつたことは認め、請求の原因5の(一)の(4)ないし(6)の各事実は知らない、その余の事実は否認する。

4  請求の原因6は争う。

三  被告及び補助参加人の抗弁

1  被告

原告主張の委任契約については、原告と被告は、本件競売期日において、特別売却条件を有効に利用して、本件土地については最低競売価格である金二、四四四万円を、本件建物については当日用意していた入札保証金二、五〇〇万円により、入札可能な最も高い価格である金二億二、五五六万円をそれぞれ入札価格とすることにより、誰もが落札できないように入札する旨の合意をなした。

そうすると、右委任契約については、競落を阻止して競売手続を遅延させることを目的としたものであるから、公序良俗に反し本来法的保護に値しないものである。してみれば、右委任契約は無効である。

2  補助参加人

原告は、本件競売期日において、落札しないことを希望したのであり、自らの落札もまた他人が落札することも九分九厘阻止できる金額を入札書に記載し、落札を阻止しようとしたものである。被告は、裁判所の提示した特別売却条件を巧みに利用すれば誰もが落札できないよう入札することが九分九厘可能であると判断し、原告にその旨説明したうえで、その承諾を得たものである。そうすると、原告の入札の希望は、競買人として落札の意思のないものであつて、効果意思を欠いている。

被告が作成した入札書は、事件番号を正しく記入した場合には、本件建物の入札価格は最高価格であるが、本件土地の入札価格は松本軒三の入札価格より低いため、特別売却条件によつて、最高価入札人はいないことになり、本件競売期日は原告の希望どおりに流れることによつて、誰にも落札させない落札阻止が成功したことになるところであつた。そうすると、原告主張の委任契約は、競売の公正を害する目的を有するものであるから、公序良俗に反し、無効である。

四  右抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1のうち、本件競売期日において、原告と被告が本件土地については最低競売価格である金二、四四四万円を、本件建物については当日用意していた入札保証金二、五〇〇万円により、入札可能な最も高い価格である金二億二、五五六万円をそれぞれ入札価格として入札することに合意したことは認め、その余の事実は否認する。

原告は被告に対し、右金額等を入札書に誤りなく記載し、入札時間内に入札場所へ現金とともに提出することを委頼したにとどまり、誰もが落札できないように入札書を作成することを依頼したのではない。

2  抗弁2のうち、原告が本件競売期日の当日落札しないことを希望したこと、被告が入札書に記載した金額が自らの落札もまた他人が落札することも九分九厘阻止できる金額であつたこと、被告が作成した入札書の事件番号が正しいとき、入札期日が原告の希望どおり流れることになつたことは認め、その余の事実は否認する。

原告は、本件競売に付された特別売却条件を原告に最も有利な価格で利用したものであつて、法律上許された行為であるから、原告主張の委任契約は何ら公序良俗に反するものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告が弁護士を業とする者であること、及び請求の原因2ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被告、及び補助参加人主張の抗弁について判断する。

1  〈証拠〉を総合すれば、次の(一)ないし(三)の各事実を認めることができる。

(一)  本件土地は、本件競売手続当時原告の現在の代表取締役松宮俊雄の所有であり、本件建物は、同人の父松宮長三郎の所有であつた(この点は当事者間に争いがない)ところ、本件競売期日の以前に合計八回にわたり本件建物のみが、債権者を株式会社幸福相互銀行(以下「幸福相互銀行」という)、債務者を有限会社京都実業(以下「京都実業」という)とする競売手続に付されていた。原告の当時の代表取締役であった虎谷勝也(以下「虎谷」という)は、昭和五三年五月ころ本件建物の賃貸を主たる業務とする京都実業の経営者である松宮父子から、京都実業の経営を委任され、その経営の立直しを図るため、本件建物の入居者の増加を計画し実現したものの、京都実業の債権者である幸福相互銀行に対して競売申立の取下、債務の弁済の猶予の交渉をしたが、結局不調に終つた。虎谷は、昭和五五年二月初から京都実業の債権者である株式会社辰村組からその債権を買取る旨の交渉を開始し、その交渉経過において、本件土地・建物の買受人とするため原告会社の設立を企画し、同年四月一日代表取締役を訴外伊藤竜夫として原告会社が設立され、翌五月一日に虎谷が代表取締役に就任した。そして、同年五月一五日株式会社辰村組の京都実業に対する債権を原告が金三、六〇〇万円で買受ける旨の契約が成立した。

ところで、原告の資本金は、金三、一〇〇万円であるところ、内金三、〇〇〇万円は虎谷が出資したものであるが、その内金三〇〇〇万円は、本件建物の賃料が京都実業から松宮長三郎に債務の弁済として交付され、松宮長三郎がこれを虎谷に貸し付けたものである。

(二)  虎谷は、同年六月初めころ本件競売期日を知り、前回までの競売とは異なり本件土地も競売の対象になつたので、競落される可能性が高くなつたこと、最低入札価額が予想よりも低額であつたことから、本件競売に原告を入札者として参加する決心をし、入札価額を本件土地・建物を一括して金二億五〇〇〇万円と決定した。

(三)  同年同月一九日の本件競売期日に虎谷、松宮俊夫、伊藤竜夫、被告の四名が競売場へ入つたところ、競売に先立つて執行官から本件競売事件に関しては、請求原因3記載の特別売却条件が付される旨の口頭の説明がなされた。ところで、原告には本件土地・建物を競落するための資金がなく、本件競売期日までに競落代金を融資するスポンサーが確定していなかつた。当時本件建物は賃貸用マンションとして利用されており、毎月多額の賃料が松宮父子の経営する京都実業に入金されていた。原告は競売の延期を望んでおり、被告もそれを了知していた。そこで、被告は右特別売却条件を利用すれば、本件土地・建物の合計入札価格が金二億五、〇〇〇万円の範囲内であるなら、本件土地についての入札価格を最低競売価格である金二、四四四万円、本件建物についての入札価格を、入札保証金二、五〇〇万円から入札可能な最も高い価格である金二億二、五五六万円とすることによつて、結局、本件競売期日が流れることになること、右入札価格を超えて落札するためには、土地と建物のバランスを考えれば、全体で約二億七、〇〇〇万円を上回る金額である必要があるが、それ程高額の入札者は出ないであろうから、原告の価格の入札をすれば結局当日の落札を阻止できる見込である旨を、虎谷に申し出たところ、同人もこれを了承し、同日の競売期日を流すために、被告の提案を容れることとした。そこで、右合意に基づき、被告は入札書に右金額を記入し入札したものである。

2  証人虎谷勝也は、右入札金額においても原告が落札することができないとの認識を否定する旨右認定に反する供述をしている。しかし、本件土地・建物の競売価格が合計金二億五、〇〇〇万円の範囲内であれば、原告の入札価格と同じ入札価格でなければ特別売却条件を満たすことができないのみならず、この場合には入札者が二名以上存在することになるから結局誰もが落札することができなくなることは明らかである。したがつて、右証人虎谷の右供述部分は措信できない。さらに、右証人虎谷は、本件土地・建物を金二億五、〇〇〇万円以上で他の者が入札することを予想していた旨前記認定に反する供述をしている。しかし前掲証拠によれば、虎谷が松宮父子から京都実業の経営を委任された当時、本件建物のみの最低競売価格が金二億五、七二二万円であり、その後の七回目の入札期日においては金二億二五二万六、〇〇〇円、八回目の入札期日においては金二億二六八万六、〇〇〇円となつたにもかかわらずいずれも入札者がなく右競売手続が延期されている状態であつたこと、本件競売期日においては最低競売価格が本件土地につき金二、四四四万円、本件建物につき金一億八、二四一万八、〇〇〇円であつたことが認められることや、被告本人の尋問の結果に照らすと、右証人虎谷の右供述部分は措信できない。他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

3 そこで、前記1の認定事実より考察すれば、虎谷は、本件土地の所有者である松宮長三郎と本件建物の所有者である松宮俊雄から本件土地・建物を管理する京都実業の経営を委任されて以来、競売に付されていた本件土地・建物の競売対策を講じて、松宮父子の利益のために行動していたものであるところ、本件競売期日において特別売却条件の存在を知るや、その趣旨(すなわち、右特別売却条件は本件土地・建物の所有者が異なるためいずれもなるべく高価格で売却されるように配慮した条件である)を潜脱して、本件土地の入札価格を最低に、本件建物の入札価格を原告が準備した入札保証金の範囲内で最高価格で入札しようとしたものであつて、当時、本件土地・建物の合計の入札価格は金二億五〇〇〇万円を超える可能性は少なく、しかも、原・被告の企図を知らない他の入札者は、入札価格を金二億七、〇〇〇万円以上にしなければ、土地と建物の両方につき原告の入札価格を上回ることが事実上むつかしい状況にあつたこと、そこで、原告と被告は、右の状況を了知したうえ、原告の本件土地・建物の入札価格の合計額二億五、〇〇〇万円の範囲内では、他の入札者はどのように入札価格を設定しても原告と同様の入札価格でなければ落札することが不可能であることを十分予想して、右入札をなすことを合意したこと、したがつて、原告と被告は、その際、本件競売期日における入札を、実質上、阻止して、専ら競売期日を延期することのみを目的とする旨合意したものであり、かかる目的は、他の入札者の買受けを妨げ、競売の適正な実施を妨害することが甚だしい事項を内容とする不法なものであるというべきである。そうすると、原告主張の委任契約は、民法九〇条所定の公の秩序善良の風俗に反し、無効であるものといわなければならない。

三してみれば、被告及び補助参加人の抗弁は理由があるから、その余の請求の原因事実について判断するまでもなく、原告の被告に対する委任契約の債務不履行に基づく各損害の賠償請求は理由がない。

四よつて、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山﨑末記 杉本順市 玉越義雄)

物件目録〈省略〉

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